沿革

創立者・浪越徳次郎 年表

1905年(明治38年)11月3日

香川県に生まれる。
7歳時、一家とともに北海道に移りそれから間もなくして、気候の変化のため母親が、多発性関節リウマチを発症。少年徳治郎が幼心に、母親のリウマチを癒したい一心で、肩・肘・手・首・指・膝など痛む関節部をもんだりおさえたりしてあげたのが、指圧をはじめる動機になった。

1925年(大正14年)

室蘭市で指圧治療院を開業。開業するにあたって、名称を「指圧治療所」とすることにした。「マッサージ・按摩」でなく、独自の浪越流の治療法『指圧』を掲げて、青年徳治郎の夢の船出であった。

1930年(昭和5年)

思想家の石丸梧平氏を治療、徳治郎の指に惚れ込んだ石丸氏が「指に傷害保険を掛けよう」と提案。現在の数億円に相当する法外な額の保険が両方の親指に掛けられた。

1933年(昭和8年)

東京に進出。

1940年(昭和15年)

東京都文京区(現在地)に日本指圧学院を創設。治療院を併設。

1946年(昭和21年)

日本指圧協会会長に就任。

1952年(昭和27年)

日米太平洋市長会議が開かれ、タコマ市長夫妻に指圧を披露。

1953年(昭和28年)

アメリカのカイロプラクティック専門学校より招待。9月渡米、「指圧・海を渡る」と報道。

1957年(昭和32年)

「指圧」が日本の法律の条文に初めて記載された。4月「日本指圧学院」は「厚生大臣認定 日本指圧学校」と名を改め、正式な指圧の専門学校として開校した。

1968年(昭和43年)

テレビ朝日、桂小金治アフタヌーンショーの指圧教室に出演、「指圧の心母心」のスローガンで一世を風靡した。また、治療院を「浪越指圧治療センター」と改称、現在に至る。

1979年(昭和54年)

「第一回世界指圧国際大会」新宿にて開催。その後、世界中で開催。

1983年(昭和58年)

叙勲。勲四等旭日小綬章を授与される。

1987年(昭和62年)

学校法人浪越学園理事長に就任。

2000年(平成12年)

逝去。享年94歳。

2005年(平成17年)

生誕百周年記念祝う会。

2008年(平成20年)

「指圧の日」認定。